ボウエン嬢と夢見るイヤフォン

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『書きたい、書けない』問題

数年前に「書く、書かない問題」という記事をこちらの架空畳ブログ・ジュラ記というブログで読んで、
考えていたことにたまたままた直面する機会がありまして。
稚拙ながらもなんとかその考えをまとめていこうかと。


自分の中に最高傑作が出来上がっているのに、いざ書き出してみるとイメージと違っている。
それに対し「こんなものが書きたいんじゃない」と自尊心を守る為に書かない
(あるいは書かなかったフリをする)選択を取る者、
というのは上述の記事で触れられていた人たちなのだが、
書きたいと思っているのに書けない場合はどうなるのか。

そういう人たちは自分たちの中に吐き出したいものがあるのに、文章にすることが出来ない。
これは気持ちの問題という場合もあり、単純に時間がないということだってある。
後者の場合は簡単だ。苛立ちは溜まるだろうが、待てばいいのだ。空いた時間が出来るまで。
「そのときにしか書けない話というものは存在し、それは時間を経るごとに変わっていってしまい、書きたかった話は失われる」
と、言いたい人もいるだろう。確かにそうだ。自分もそう思っている。
今の自分に十年後の自分が書くであろう話を書くのは不可能で、逆も同様だ。
例えその二つが同じ登場人物で、同じプロットであろうと駄目なのだ。
書きそびれた物語は帰ってこない。

さて、先ほどは時間がなければ出来るまで待てばいいと述べた。理論上はそうすることが可能だ。
しかしながら、そのとき書きたいと思った話はそのときにしか書けない、というのもその通りだと思うのだ。
これが苛立ちに繋がる。
気持ちの問題で書けない…というのは大抵、自分にまだその作品を書き上げられる自信がない場合だ。
絵にしろ曲にしろ文章にしろ、作品を作るというのは時間が掛かる。
掛けた分はそれなりにいいものが出来上がって欲しい。
「今の自分ではいくら時間をつぎ込んでもいいものは出来ない」と一瞬でも思ってしまった場合、
それは作られない。文字通り時間の無駄になってしまうことがあるからだ。
書きたいのに時間がない。いざ時間が出来てもそれが本当に自分が書き上げられるものなのかとためらう。
その二つに挟まれてきっと、沢山の傑作となり得た作品が生まれる前から消えていったのだろう。
もったいない、とにかく書いちゃえばいいのに、と言うことは簡単だ。
しかし『書けない』のだ。時間と気持ちがぴたりと合わないと『書けない』のだ。

書くか書かないかの選択の先にはまだ葛藤があり、
きっと今こうしてこの記事を書いている自分も、読んでいるあなたも書き得た話を取り逃がしているのだろう。
それは当たり前のようで、やはりどこか寂しいものだな、となんとなく思いながら、
今回はこの辺まで。
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